日本まつりぬし協会特別事業
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Archives of activity reports of Matsurinushi

活動する<まつりぬし>の記録

各地で活動している<まつりぬし>の
これまでの活動報告をまとめています

  • Vol26

    市房山頂上に、光の柱が立ちました。

    二千二十五年十一月三十日から一泊二日で、九州は熊本県と宮崎県にまたがる市房山(千七百二十・八メートル)に向かいました。参加者は、約二十名で、熊本県側にある市房山キャンプ場の駐車場に集合し、キャンプ場から市房山四合目にある市房山神宮本宮を目指して、山を登ります。片道一時間で、往復二時間の山歩きになりました。一方、こちらとは別動隊で、三人が朝早くから山頂を目指して、すでに出発していました。

    二百名山に入る市房山の特徴は、大杉と原生林です。
    四合目までの登山道には、幹回りが六メートルを超える大杉が点々とありました。その樹齢千年に近い大杉を、精神学協会会長・積哲夫先生が、立ち止まって「コンコン・・・」と幹を手のひらで叩いてから、通っていきます。
    理由をお聞きしたところ、この行動は、長い年月、眠っていた杉を起こすためだったそうです。
    コンコンコン・・・優しく掌(たなごころ)で叩いた音が、周りの空間に広がっていきました。

    全行程の三分の二ほど登ったところで、まつりぬしの若崎晃子さんが受け取った【御言葉】を、若崎さんに替わって代理の二名が奏上しました。

    【御言葉】



    つつしみて
    申し上げます

    この地の
    おぼしめす
    悠久(はるかなる)時 の
    ことわりの

    ここに 今
    証すれ とて
    まいりたもう

    時を超え

    このヒノモト
    新たなる時を刻む

    ひ いずる クニの
    まばゆく立ちゆく
    さまの
    いとも うるわしき

    つつしみて
    この創造の御言葉を
    この地に
    響かせたもうや

    全身全霊
    光の器とて
    響かせ給ふ



    少し様子を見てから、もう一度、奏上しなおすことになりました。

    「言葉に光と入っているから、今度は太陽の日が差すところに出て、もう一度やってごらん」
    と積哲夫先生。

    そのアドバイスに沿って、日が差す場所で【御言葉】を言上げすれば、山中の様子が変わりました。荘厳な雰囲気が現れて、言葉を受け取っていただいたのがわかりました。

    ほどなく、険しい登山道の四合目にある市房山神宮本宮に到着しました。
    御祭神は、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)・邇邇藝命(ににぎのみこと)・木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)です。これは、この地が日向神話の重要な舞台であり、特に高千穂峰や霧島山と関連が深いことから、天孫降臨(てんそんこうりん)の神々をお祀りしています。
    この度は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)様が待ってくださっていました。
    ひとりずつ、丁寧に参拝をしてしばらく休憩していると、市房山の頂上を目指した三人も、頂上に到着したと連絡が入りました。

    市房山山頂に、光の柱が立ったことを確認してから、山頂でもふたたび【御言葉】を奏上してもらいました。

    この、市房山登山は、十月二十六日に光の柱が立った安達太良山(福島県)と対をなすものとなり、「最終知識」に書かれている、日高見が安達太良山、日向が市房山になります。日本に、二本の光の柱が立って、一つの時代が終わり、世界は新しい展開を迎えることになります。

    写真提供:松野寛治さん・村上まゆみさん

    ●これまでの活動報告はHP:まつりぬしの活動報告 https://matsurinushi.com/category/report/ にてご覧いただけます。

    Vol26
  • Vol21

    広島で、まつりぬしによる海洋散骨研修会を開催しました
    【後編】

    【後半】は、現場でのまつりぬしの実技講習になります。
    研修会が終了しての結果を先にお伝えすると、「いつ海洋散骨の本番がきても、今日の流れを思い出したら、まつりぬしを務めることができます」という、自信に満ちた感想が寄せられています。
    ——
    さて、【前半】の続きです。
    厳島神社の参拝を終えて、宮島のマリーナに帰ってきました。
    いよいよ、実際に海洋散骨の手順に従って、参加者による、まつりぬし実技体験を始めます。

    まずは、式次第に沿って乗船前の説明と進行を、司会者の守本敬子さんが行います。散骨式の開始の言葉と、それを受けて、参加者八人のまつりぬしの代表として、若崎晃子さんが乗船前に口上を奏上しました。

    厳島神社ご祭神の宗像三女神様へ
    【 まつりぬし口上 】

    かけまくも 鎮(しず)まりましたる 厳島(いつくしま)の神々よ

    平(たい)らけく 安(やす)らけく 大(おお)いなる 海原(うなばら)に

    人たる身の いとも 小さきを 尊(とうと)み うやまいて

    潮(うしほ)の 満ち引きに 迎えられ

    送られたる 生命(いのち)の もといの
    幸(さい)わいに

    つつしみて 感謝申し上げ奉(たてまつ)ります

    今日の良き日に 生命の悦びを 全(まっと)うしたまいたる
    (故人のお名前)様の散骨の儀を

    厳島(いつくしま)の神々の 見守り賜(たまわり)たる中
    執り行わせ賜(たま)いて

    生命(いのち)のめぐりの 麗(うるわ)しき
    潮(うしほ)の波に 乗せ
    大海原(おおうなばら)をかけめぐりさせたもうや

    いとしき ひとつの証(あかし)と いだきて 
    むかえいれたまいたることを
    きこしめして と
    かしこみ かしこみ 申(もう)す

    続いて、散骨に向かうキセキセカンド号の船霊様の祓い清めが行われました。

    船霊様の祓い清めの
    【 祝詞 】

    船霊(ふなだま))の大神(おおかみ)の御前(みまえ)に おろがみまつりて

    かしこみかしこみ 申(もう)す

    御神徳(ごしんとく)の大いなる みちゆきに 
    この大海原(おおうなばら)をおさめたまいて

    行く先々(さきざき)の平(たい)らけくを みまもりたまい
    幸(さい)わいたまい

    この尊(とうと)き儀の宣(の)りを おさめたまいたるを
    こいねがいて かしこみ 申(もう)す

    そして、まつりぬしが一足先に乗船して、船上に供えられていたお酒を、船の周りを一周しながら、海中に撒いていきます。この清めの儀式が終われば、散骨の参加者が乗船し、指定の海域に到着すると、まつりぬしの祝詞が奏上されます。

    まつりぬしによる進行の流れ
    【 祝詞 】

    このち に かえりたる
    このもの の
    やすらかな ねむり を
    このち にて

    みとどけ たまわん

    ウミより いでて
    ウミへと かえる
    ひとのみすがたの
    もとたる ところ へ
    いま ふたたび
    そのみ を かえします

    【 言葉 】 「皆さま、どうぞ、ご散骨ください」

    ねがわくは このものの
    いきた せいを
    たしかなものとして

    このち に きざみ
    ゆくるさきの めぐりたる
    その みなもと へ
    ふたたび たどりつかん ことを
    このもの に かわりて
    祈ります

    【 言葉 】「散骨の終わられた方より どうぞ御献花 お別れのご挨拶をお願い致します。」

    【 終わりのご挨拶 】「皆さま 以上をもちまして、(故人のお名前)様の散骨式を 滞りなく終えさせていただきます。ありがとうございました。」

    まつりぬしの挨拶から始まり、【 まつりぬし口上 】【 祝詞 】【 言葉 】【 終わりのご挨拶 】までを、参加しているまつりぬしが一人一人順番に、定位置に立って通しで行いました。とくに祝詞は、まつりぬしの意思がきちんと、亡くなった方と天を、光でつなげられるようにと心がけて、祈りを通します。

    天と地を繋ぐことの大切さ。
    研修会に参加したまつりぬしの方々は、大きな気付きをいただいて散会しました。

    Vol21
  • Vol20

    広島で、まつりぬしによる海洋散骨研修会を開催しました
    【前編】

    二千二十五年十月十二日、広島でまつりぬしによる海洋散骨研修会が実施されました。
    研修会の行程としては、JR広島駅に集合して、一般社団法人日本まつりぬし協会認定の送り船、キセキセカンド号が停泊している廿日市市の港までを、車で移動しました。
    港について出航し、まずは安芸の宮島にあるマリーナへ。上陸後に徒歩で移動し、厳島神社へ向かい参拝させていただくことになります。その後、マリーナにもどり出航してから宮島の神域の境界になる海域へ移動し、船上での海洋散骨の式を、八人のまつりぬしにより、実際に流れで行ってみました。

    それらの「まつりぬしによる海洋散骨研修会」を、前編・後編の二回に分けてご報告いたします。

    【前編】は、安芸の宮島にある厳島神社へ、まつりぬしとしてご挨拶にいったことのご報告になります。

    観光客として宮島を訪れるときは、定期便として行きかうフェリーに乗船して、島に渡るのが一般的ですが、今回は十一人が乗船している大型クルーザー・キセキセカンド号で島に渡りました。初めて、クルーザーに乗船した人がほとんどで、二階席に上がって舵を取る船長・弓場英治さんの横で、目の前を横切っていく定期フェリーを見送ります。海の約束事として、フェリーなどが走行している場合は、そちらが優先になり、自家用船は走行の妨げにならないように停止して待ちます。

    港を出てから三十分ほどで、宮島のマリーナに到着しました。
    当日は三連休の中日でしたので、行きかう定期フェリーはほぼ満員の状態でしたが、個人所有のクルーザーが停泊する予約制のマリーナは閑散とした雰囲気です。そこから、三十分ほど歩くと、厳島神社の海に浮かぶ朱色の鳥居が見えてきます。
    マリーナの位置の関係で、厳島神社の後方部分へ出てきたのですが、まつりぬし、ひいては精神学を学ぶ者として、神社へのご挨拶には二つの決まりがあります。

    1, 神社にある正門の鳥居から、ご神域へ入らせていただくこと。(裏からはNGです)
    2, 正門の鳥居で、きちんと自分の名前を声に出して名乗り、神様にご挨拶をすること。(小声でもいいので、きちんと声に出すこと)

    まつりぬしとして、それらの作法を守って正門の鳥居からご神域へ入らせていただきました。

    最近、日本全国の神社には、外国からの旅行客がたくさん訪れています。日本建築の粋を集めた神社仏閣は人気で、当日も世界各地からいらっしゃった人であふれていました。参拝にも長蛇の列なので、十月だというのに夏日に近い高気温のなか、おとなしく並んで順番を待ちます。

    【 厳島神社 】
    厳島神社のご祭神は、
    市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
    田心姫命(たごりひめのみこと)
    湍津姫命(たぎつひめのみこと)
    の宗像三女神さまです。

    天照大御神(あまてらすおおみかみ)と素盞鳴尊(すさのおのみこと)が高天原(たかまのはら)で剣玉の御誓(うけい)をされた時に御出現になった神々で、御皇室の安泰や国家鎮護、また海上の守護神として古くから崇信をうけられています。
    現在地を選んで社殿を建てたのは、推古天皇御即位の年(五百九十三年)と伝えられています。その後には、安芸守となった平清盛(たいらのきよもり)が篤く崇敬し、仁安三年(千百六十三年)に寝殿造の様式を取り入れた御社殿に修造しました。清盛の官位が上がるにつれ平家一門のみならず、後白河(ごしらかわ)法皇の御幸、高倉上皇の御幸があるなど、多くの皇族・貴族が参詣され、都の文化がもたらされました。松島・天橋立と並び、日本三景として知られ、平成八年にはユネスコの世界文化遺産に登録されています。

    また一方、地球神界では、日本の政治経済、文化のすべての面で、関与してきたこちらの神格が、宇宙的な文明創造に参加するために選んだ宇津神(うつがみ)様の一柱である新しき神、【一姫(ICHI NO HIME)】としても、活躍されていらっしゃいます。

    ご縁の深い厳島神社への参拝は、心躍るものでした。
    参拝したときに、「よくいらっしゃいました」という言葉や、言葉は聞こえなかったけれども、歓迎されていたのがわかったと伝えてきた、まつりぬしもいます。

    参拝後に、マリーナに戻って、本格的な研修会の始まりになります。

    【後編】に続きます。

    これまでの活動報告はHP:まつりぬしの活動報告 https://matsurinushi.com/category/report/ にてご覧いただけます。

    Vol20
  • Vol19

    光封(こうふう)シールができました!

    前回は、ご先祖の命の書を光の領域にとどめる働きについてでしたが、今回は私(ひとのこ)が実際に「光封シール」(購入)を使ってみた体験談を書きます。

    私が、この「光封シール」に出会ったときは、まさにシールの情報が精神界から降ろされて、初めて公的に使用された時です。前回報告したM家のご先祖さまの件のほかに、幼いころから別の存在が頭の中にいて話しかけてきて迷惑していたという方のケースで、使用された現場に遭遇しました。

    人間の幻聴というのは、たまに起こる現象です。その症状が現れて、悩まれている方も一定数の割合いらっしゃいますが、その原因には、意識体からの干渉というケースもあります。
    この場合、自分にだけ聞こえる声から伝えられる事柄は、いいことばかりではなく、勝手に伝えられる言葉に、不快や恐怖を感じる場合もあります。中には、天使や神などの聖なるものの名を騙り、それら至高の存在から話しかけられているという思い込みから、自分が選ばれたと考えて、その指示の通りに人生の舵を切ろうとする人もいます。しかし、相手がどのような存在であっても、場に関係なく差し込まれる自分以外の言葉は、その方の人生の障害にしかなりません。

    Sさんは、長い間、自分の中で言葉を発する存在に悩まされてきたそうです。
    当日、Sさんは、ご自分の命の書を持ってきていました。それを封筒に入れて、積先生の指導により、封をする部分に光封のシールを貼りました。

    「まだ、(頭の中に)声は聞こえていますか? 」
    「…いえ、聞こえなくなりました」

    確認されたSさんが、頭の中の声が聞こえなくなったことを報告しています。

    目の前で、その奇跡の現象を見ていた私は、考えてのちに「光封シール」を購入しました。シールが届いてから、自分の命の書を取り出して封筒に入れて、光封シールを貼ったのです。

    私は、Sさんのように別存在の声が聞こえることはないのですが、何度も頭に上がってくる事柄がありました。
    二十年も前に繋がりのあったある方を、命の書に登録しなくてはいけないのではないか…と思う、強迫観念に近い考えです。
    祓っても、祓っても、定期的にその考えが浮かぶことから、その方の意識体からの干渉であると考えました。もう、消息も分からず、相手の方の生死もわかりません。
    私にとっては、尊大で、嫌な人でした。命の書に登録する、義理はないのです。左側の六十六パーセントに入った方でしょう。
    しかし、相手からの干渉が定期的に続いていると考えるなら、死霊であっても生霊であっても、私はそれらの要求を断ち切りたかったのです。

    その結果を目指しての、光封シールの使用です。

    使用した翌日、その人の命の書への登録について考えてみたところ、いままでは「嫌な人だったけれど、一時期でもお世話になった人なので…」などと弱気に考えることもありましたが、使用後は「別に、あの方を登録する必要はないですよね」と、さっぱりとした心持ちでした。これは、外側からあった干渉を、受けなくなったせいではないのかと、私は考えています。

    光封シールは、亡くなった方の命の書にも有効ですが、生きている人の命の書へも使用すれば、光に包まれて余計な干渉や災いも避けられるし、そのおかげで使用者の精神の進化も早まるようです。まあ、この部分については、まだ実績も浅いので、もう少し効果についての経過観察が必要なのかもしれません。
    しかし、すごいものがこの世に出現したという思いが否めません。

    Vol19
  • Vol16

    「日本刀に神気を宿す波動刀の儀」
    が行われました!


    二千二十五年九月二十一日、和歌山県紀の川市貴志川町にある神饌行器(しんせんほかい)で、まつりぬしによる「日本刀に神気を宿す波動刀の儀」が、しめやかに行われました。

    この日、波動刀になるのは、山口県の旧家の蔵から出てきた三振りの日本刀です。
    持ち主と共に、儀式の場に到着した刀たちは、銘を確認されてから、三体の御神像の前に一振りずつ並べて飾られました。
    「日本刀に神気を宿す波動刀の儀」が始まる前から、参加者は積司塩(せきつかさしお)と秘蹟水を体内に取り込んで、身を清めています。また、会場となる座敷には、イコンシールなどのカードを四隅に配置して、空間に光の結界ができるように整えて、三宝には水、塩、酒がお供えされています。

    そして、まつりぬしの若崎晃子さんによる、精神界から承った祝詞が奏上されました。

         【祝詞の御言葉】

    フツヌシの神はじめ剣神界の神々さまに つつしみ申す

    ここにあられます
    〇〇(家名)家にご神縁深き 
    三振りの剣

    波動刀として
    生まれ変わり

    ご依頼賜りたる〇〇〇〇様(持ち主の方)
    はじめ 〇〇家との 
    あらたまの結びと成りませる
    日本刀に神気を宿す波動刀の儀を 
    執り行わせたまいたること
    剣神界の深き御胸のうちに
    結び賜りますよう
    お願い申し上げます

    続いて、素戔嗚尊(すさのおのみこと)、天叢雲(あめのむらくも)からいただいた寿ぎの御言葉が述べられます。

    【素戔嗚尊 天叢雲 御言葉】

    ちの 
    なりたち

    おさめたる

    ひとすじの
    つるぎ

    みうしなわれたる
    はてなき そら の
    うつし の さま を

    みいだし
    ひもとき
    みすえて まいれ
         と

    うましくに を
    あずかりて
    たちゆく は

    みのふり
    わかりて
    すすまん と

    くに み
    そら み の

    やさか
    いやさか

    日本刀を、一振りずつ、鞘から抜いて、まつりぬしが精神学協会会長の積哲夫氏に渡すと、軽く瞑目しながら真剣を縦に持ち、神気を宿す『波動刀』へと変換していきます。
    ただの日本刀が『波動刀』に変換されていくとともに、神気ともいえる微細な波動が広がっていきました。この後、持ち主及び、参加したまつりぬしにより、手に取って『波動刀』のあらためをさせていただきました。

    そして、『波動刀』と向かい合ったまつりぬしの若崎晃子さんに、江戸時代の名工、源清麿さまよりお言葉をいただきました。
    ※源清麿とは、江戸時代後期に活躍した刀工であり、「江戸三作」と称された名工。波乱に富んだ人生を送ったことから、新々刀期の刀工の中でも人気が高い。
    その源清麿が打った最後の一振り(波動刀として新たに拵られた短刀)が、儀場に添えられた。

    【源清麿からの言葉】

    久しく ここに
    来させていただけました

    昨年
    刀剣のみまつりの
    皮切りが
    私の一振りであった

    はじめて 
    波動刀となり
    神気を帯び 
    光を宿した剣は
    もう働きが違う

    刀工として
    神気を賜らねば
    生きた剣はできぬ
    まことに
    神事である
    禊ぎをし
    精魂を込める

    当時としての 刀の役割を
    まっとうに果たす

    すべて神計らいの
    賜物であった

    作り続けた

    私の人生を玉鋼に
    注ぎ込んだ

    一振りが仕上がったあとの
    安堵と法悦の境は
    ひとつ 命が縮まるのだ

    私は
    私として
    果たすべきことを果たしたと
    今 思えておる

    この神気は 
    かつてのこととは
    違うており

    玉鋼を 打ちつづけたものには
    これこそ
    神計らいである

    われら 刀工の一振りが
    あらたな神気を帯びる
    このことの大きさは
    皆には 
    わからぬであろうが
    身にしむなり

    この「日本刀に神気を宿す波動刀の儀」は、精神界にいらっしゃる剣神界の神々さまのお力をお借りするものでもあり、刀が置かれた家を悪しき波動から守る力を持ちます。
    儀が終わった後には、『波動刀』になったことを証明する登録書並びに、神気を宿した波動刀と交流して、各々の刀からのメッセージ(御言葉)を、持ち主の方にもお届けいたします。

    儀式として完成しました「日本刀に神気を宿す波動刀の儀」は、ご要望があれば、神饌行器(しんせんほかい)にて、執り行うことができます。手元にある日本刀を、我が家の守り刀の『波動刀』にと、お考えの方は、下記にてお問い合わせください。

    ●一般社団法人 日本まつりぬし協会
    HP:日本まつりぬし協会特別事業 https://matsurinushi.com/association/ よりご相談を承ります。
    ●これまでの活動報告はHP:まつりぬしの活動報告 https://matsurinushi.com/category/report/ にてご覧いただけます。

    の報告:
    Vol16
  • Vol15

    二千二十五年七月七日。七夕の日


    岡山県津山市で、精神学を基にした、子供たちの学びの場となる神子屋(かみこや)が開催されました。対象としては、子どもと親の組み合わせによる親子での参加が望ましいのですが、大々的に告知をする前のプレオープンということで、精神学協会の会員による試験的な試みになりました。

    まずは、現地で集合してから、菩提寺境内の中にそびえる、高さ約四十メートル、幹囲り約十三メートル、樹齢推定九百年といわれ県下一のイチョウの大樹に会いに行きました。この大イチョウは、浄土宗開祖・法然上人が学問成就を祈願して挿した杖が芽吹いたという逸話があります。総勢5人で、一人ずつが大樹にご挨拶をさせていただきました。

    ご挨拶をしている場の右手、大イチョウの木のすぐ横に、大きな岩がありました。しめ縄がまかれているので、磐座のようです。
    その磐座が、「よくきたな。」と声をかけてくれたようです。
    和歌山から来ていた、会員の若崎晃子(わかさきあきこ)さんが、教えてくれました。

    精神学を学んでいると、精神性の向上とともに、精神界にいる存在からの言葉が届けられることがあります。それは、神や神々などの上位の存在であったり、なくなった死者や、悪魔などの闇たる存在からのこともあります。
    若崎さんは、今年に入ってから、以前にもまして頻繁に精神界からのお言葉が降りてくるようになり、おもには、神様方からの言葉を伝えてくれます。言葉が降りてくると、それをスマホのメモ機能に言葉を記していくのです。しばらく待ってみましたが、それ以降は言葉がなかったので、次の場所へと移動しました。

    今度は、同じ津山市にあるサムハラ神社へ。
    ここは山の中腹にあり、大阪にあるサムハラ神社の奥宮や元宮になります。
    御祭神は、天御中主大神(あめのみなかぬしのかみ)、高皇産霊大神(たかみむずびのかみ)、神皇産霊大神(かみむすびのかみ)。造化三神を祀る唯一の神社です。

    いろいろと探してみた結果、神社から遊歩道を上った場所に、クスノキの大樹がありました。その大樹の側でしばらく休んでいると、若崎さんに言葉が伝えられました。

    サムハラ 神社
    アメノミナカヌシさま

    このかざおとに
    コトノハありて

    日のゆらぎに
    コトノハありて

    ワレの音の
    はじまりに

    くうなる うえにも
    なにを みゆるか

    さやけき みこえは
    とうからじと

    かたにて
    おもふ
    その やわらぎの

    なに おもほふか

    かさなりて
    ともにあり

    これよりのゆくえ
    風のごとし
    日のごとし

    とうからじ
    ちかからじ
    うちにあり

    みのなかに
    秘めたるもの ひらけ


    言葉を受けてから、一同は帰路へ。

    そして、翌日。
    菩提寺の大イチョウの場所からも、以下の言葉が届いたのです。


    法然上人
    七月 八日

    菩提寺の
    はじまりの
    いかに すすみゆく
    御仏のこころ

    学びたることは
    このイチョウの
    ありたる さまをみて
    その刹那に 紐解けるであろう

    わがうちに
    ゆるぎのなくば
    御仏のこころにそいて

    ひとつの杖とて
    時代(とき)をこえ
    その初心を語る

    父の
    言わんや

    この世のめぐりの因果
    その初心にありて
    おのおのに
    おさめてこそ
    つきてゆくものなりと

    われのまなびも
    また 人の道の
    俗たるもののなんたるかを
    知り あゆみて
    つきたる いのちのはてに
    思いたるは

    よかれと 貫きてはみれど
    世の ためしごとには
    法悦の境に至らず


    時代をこえ ここに在りし
    われの学びのあかしなる
    尊き智慧の御前に

    新しき学の たてたるものの
    その初心(ういごころ)の
    根付いて 神子屋となり

    伝えるは
    神たる子の成したる
    新しき御代の明るきを

    時代を超えて
    子らに 語るは 
    尊き 地のぬしである 
    樹木であろうな

    この景色は 変わらずにあれ
    と願う

    及ばずながら みまもらん

    法然上人から、新しい時代の学び舎へのお言葉が、届きました。

    神子屋は現在、岡山と和歌山で、開催されています。
    ご興味のある方は、ご参加ください。

    の報告:
    Vol15