もののけ姫とスカイフィッシュ
光文書のVol.105、イザナギ、イザナミ、キクリヒメというテーマで私は、このクニに用意された最後の一厘のシステムは、白山のスイッチを入れるまでという意味のことを書きました。
かつて存在した日本の神界において、唯一世界につながっていたのは白山神界でした。
白山にスイッチを入れれば、その情報は、世界に伝達されるということなのです。
1991年に白山ヒメ神社の三本杉が倒れるという象徴的な出来事によってはじまったこのプログラム。日本での用意が終わり、世界的な、あるいは地球的な規模に移行するある種の儀式が、この9月12日に私が白山山頂に立つことだった、とここではお伝えしておきます。
シンボリックな意味で、1991年の日本と、この2008年の世界は、同じように、過去の経済システムの崩壊に直面しています。それらのことは、あちこちに置かれた正しい情報系の予言や予告には、はっきりと伝えられてきたはずです。それが、この2008年10月から、世界規模ではじまります。komyoshiによる9月30日の<ヒツクノカミ>の通信はそれを示しています。
その先に何があるのか、少なくとも、私が白山に登るまでは、その先の情報は一切ありませんでした。ところが、9月28日の日曜日、千葉市のある正会員の方のお宅を訪ねて、私は、ある納得をしたのでした。その方のお宅は、住宅街のなかにあり、270坪ほどの敷地のなかに、三棟の建物があります。一棟が自宅で、一棟はオフィス用に賃貸され、もう一棟は、ほとんど使われていないかつての社員寮です。ところが、このお宅では、これらの建物よりも、はるかに存在感のある三本の樹木が、私を迎えてくれたのでした。
二本は市街地では考えられない桜の巨木で、もう一本は欅の木でした。
どれも樹齢は百年を超えているでしょう。それらの木が、生き生きとしているだけではなく、このクニでは普通、苦労しないと育たない薔薇の木が、伸び伸びと、生育しているのでした。
また、そのお宅には、監視カメラがあり、そのカメラにスカイフィッシュと呼ばれる正体不明のものが映っているというので、その映像が私のもとに届けられたことがあります。
スカイフィッシュと呼ばれるものはカメラの映像にはとらえられても、ほとんどの場合、人間の視覚では認識できないもののようで、その意味では、心霊写真のようなスピリチュアル系エネルギーが作用している可能性もあるようです。
そのほかに、そのお宅では、植物の妖精の映像も数多く記録されてきたようです。お話のなかに、そのお宅の庭先に置かれた鉢植えの植物の妖精が、「すいませ~ん。お水ください…」とご主人にコンタクトしてきたことなどがあったのですが、その場で、私はここならそんなこともあるかもと感じていたのです。
アニメ映画のもののけ姫の監督は、屋久島に滞在し、「こだま」のインスピレーションを得たとされていますが、そのお宅には、そうした原初の森に近しいエネルギーが満ちていました。そこは、この世に残された、精霊や妖精とコンタクトできた人間たちの記憶の窓といってよいのかもしれません。それはまた、宗教、とくに一神教が人間の支配をはじめる前の地球は、そうした生命あるもののコミュニケーションが成立していたことを示しています。このクニの自然に育てられ、自然と接してきた日本人の心性が、このクニの自然をさらに豊かなものにしてきたという相互作用がそこにはあります。
「うぶすな(産土)」というものの価値を、人間はグローバル経済の崩壊のあとに再発見するというベクトルを、私はそのときに感知したのでした。
日本が世界の雛形というスピリチュアルな情報の背景には、そんな要素もあるのです。
「優しくなければ、生きている資格がない…」ハードボイルドの小説家、レイモンド・チャンドラーの書いたこの言葉を、すべての強者たちが自覚する日がくる気持ちにさせてくれる時空が、その三本の大木が守るお宅にはあったのです。私が、テーマのひとつにしているアース・トラスト・ジャパンというものの目標と、その運動を担う人間の姿がおぼろげながら見えてきました。
この星の生命は、いま主人のつもりでいる人間の強欲とは、別のルールのもとで生まれ、進化するベクトルのなかに置かれていることに気づくときを迎えているのです。
