日本守護 御神像 奉納事業
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まつりぬしの原点(アーストラスト)

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お知らせ
  • Vol39

    飛騨高山で、一般社団法人日本まつりぬし協会の
    第一期総会が行われました!


    2026年6月7日(日曜日)、8日(月曜日)の一泊二日で、昨年発足した一般社団法人日本まつりぬし協会の第一期の総会が開催されました。
    総会の開催場所として決まったのは、岐阜県高山市にある民宿・甚左衛門。( https://www.jinzaemon.com/ )
    なぜ、協会の総会を岐阜県高山市で行うことになったのかというと、4月初旬に地元の方の訪問があり、そこに精神界の情報が降りて、神社参拝と位山登山の二つを挟んで、総会を行うことが決定したのです。

    【飛騨一宮水無神社】
    一日目。まずは、岐阜駅に集合です。総会の参加者32名は、飛騨一宮水無神社へ向かいました。
    この神社は、現在は神社本庁別表神社であり、第2次世界大戦の末期(昭和20年)、空襲から守るために伊勢神宮のご神体(天照大御神の八咫鏡)が、一時的にこの水無神社に極秘裏に遷され、お祀りされていたという驚くべき歴史があります。また、神社史を披露してくださった宮司さんの話では、戦争が長引くようなら三種の神器の一つである熱田神宮の草薙剣もお預かりする予定だったそうです。 それほど、日本の中でも「最も安全で、神聖な力が保たれる場所」として選ばれた、特別な聖地なのです。
    御祭神の水無大神は、水主神でもあり、水を司る神様と伝えられています。そして、二日目に登る位山(くらいやま)が、こちらの神社の御神体でもあるのです。
    正式参拝と、宮司さんの神社に伝わる秘史をお聞きしてから、参加者は総会会場の民宿へ移動しました。

    【民宿・甚兵衛での総会】
    民宿・甚兵衛は、位山のお膝元に位置します。
    第一期の総会ということで、開会の言葉のあと、同協会の堀尾哲也代表理事の挨拶、議長・書記・議事録・署名人の指名、議案審議(第1号議案~第4号議案)へと進みました。
    令和7年度の事業報告としては、協会が行った様々な案件の報告と紹介がありました。
    「まつりぬしのお別れ式(光への送りの儀)」「まつりぬしの海洋散骨式(魂の送りの儀)」「まつりぬしの遺品整理・生前整理(断捨離の儀)」「まつりぬしの墓じまい」「まつりぬしのお清め」など、昨年行ったまつりぬしの様々な活動報告が続きました。
    そして、令和7年の決算報告を経て、令和8年に始動する「かみ結びプロジェクト(仮称)」や、初年度から活動している奉納事業、及び、まつりぬしの意義についての発表がありました。
    役員の再選の承認を得て、閉会の挨拶へ移り、総会は終了いたしました。
    続いて行われた総会後の懇親会では、一般社団法人日本まつりぬし協会の名誉会長でもある、積哲夫先生の講和が行われました。何はともあれ、飛騨の珍味と秘蔵のどぶろく、寄贈された積酒の原酒で、楽しい宴が開催されたのです。

    【位山 登山】
    総会の翌日。二日目は、午前8時に民宿を出発。位山巨石群登山道入り口へ移動します。マイクロバスの運転手さんからは、「昨日この辺で、クマの目撃情報が出まして…」と、なかなか刺激的な報告がありました。全国で報道されている熊の目撃情報と被害。この地域も無縁ではありません。到着した登山口の看板横にも、クマの絵が添えられた『危険クマ出没注意!』の張り紙があり、その後も登山道の主要部分で、注意喚起の張り紙をいくつも見かけることになります。

    位山の登山道は二通りあり、今回は片道1・5キロの短距離コースです。しかし、最初の500メートルは岩場が多く足元の悪い傾斜道で、通常の倍以上の体力を要します。
    登山道に入ったすぐのところに、大きな球状のモニュメントと2体の人面龍体の塑像が設置されている空間がありました。そこで、積先生が「秘積水(ひせきすい)」と「積司(せきつかさ)塩」を周囲に撒いて、場を整えました。40年ぐらい前から、人為的な結界が作られていたようで、それがエネルギーの流れを阻害していたのです。頭痛や不快感を訴える会員もいたので、エネルギーの影響がなくなってから、山を登り始めました。
    狭い登山道の両脇には、磐座とも伝えられる巨石が点々としています。
    「これは、生き石だね」と積先生。指し示す方向に、巨石がありました。
    「豊雲岩(とよくもいわ)」「光岩(ひかりいわ)」「朧岩(おぼろいわ)」。
    そして、ひときわ神秘的な相貌を見せる「天の岩戸」など、個性的な巨石群と出会いながら頂上を目指します。

    頂上の少し手前に、サラサドウダンツツジの群落の立て札がありました。可憐な紅色の花をつけ、6月中旬から下旬が見ごろですが、残念なことに少し早かったようで、まだ開花前でした。かなり雨が強くなってきて、各自で雨具を取り出して備えます。
    位山は、日本二百名山のひとつで、生えているアララギの木(イチイの木)で作った笏(しゃく)を、新皇に献上してきた歴史があり、最高位の『一位』を授かったことが、名前の由来ともいわれている霊山です。このアララギの木は、日本の樹木の中でも成長が著しく遅い種類で、一年で増える太さは、わずか数ミリ程度。 直径30センチに育つまでに、約100年もかかります。ですから密度の濃い、硬い木材に成長します。

    ようやく位山山頂へ到着しました。
    『位山山頂 標高一、五二九m』と書かれた山頂標識があり、その近くには三角点がありました。山頂標識から少し入ったところで岩に向かって、秘積水と積司塩を撒き、場を清めてから積先生が二拍、柏手を打つと、強まっていた雨がやみ、雲間から日が差し始め、周りが明るくなってきました。
    その場所に、天と地を繋ぐ通路、まことのひかりの『光の柱』が立ちました。その光の柱を見えたり感じたりした人は、積先生と一緒にいた同行者の中には何人もいました。

    そこから、登山道を上り下りして、『天の泉』と呼ばれる水場に移動。ご神水が湧き出る場と伝えられており、誰でもが湧水を汲んで持って帰ることができます。まずは最初に、湧水をコップに入れてそれぞれが飲んでみました。それから、水の湧き出る岩場の周辺に、積司塩と秘積水を撒き、また積先生が二拍、柏手を打ちました。ふたたび飲んだご神水は、最初とはまったく違う甘味のある水になっていました。
    また、激しくなってきた雨の中、下山したのですが、水を司る神格の御座(おあ)す位山に降る雨は、浄化と歓びの降雨だったようです。登山した32名は、降りしきる雨の中、無事に下山できました。

    位山は、日本海側に流れる川(宮川)と、太平洋側に流れる川(飛騨川)のちょうど境界線に位置します。この、エネルギーが二極に分かれていく起点である場所だからこそ、いにしえより強い浄化の力や結界の意味を持つとされてきました。この地には、飛騨王朝の伝説も口伝されています。
    今回は、積先生のご神業と、それに連なる一般社団法人日本まつりぬし協会所属のまつりぬし一同により、阻害要因であった闇のエネルギーが取り除かれて、位山は本来の働きを取り戻したのです。

    ◇最後に、位山について、精神界から送られてきた通信を記しておきます。
    受信者:まき さん

    2026/6/7 13:27
    かなやまの(金山の)
    かみやま まひかり
    みやぶりて(宮破りて)
    このみ ひかりの やまなりて
    このうえ このかみ ひのはしら
    てんに あめに さぶらひて
    ひたかく まことの
    うつみひかり

    かんなるかな
    かんなるかな
    かんなるかな

    やまとさぶらふ みのとかな




    2026/6/7 13:30
    ひとかせ ふたかせ やまなりて
    いわをの ころがる みかさにも
    ほのたて ひのたて やまはしら
    ひとにもおぼえず かみたから
    みのとにおぼえず やまたみの
    ひにむすばれし
    かみのやま
    まのおこりてし 魔光も
    このみのみやに おさまりて
    かたわ ころがる みのたみに
    いま ひと みたり
    み(三・水・御)の光




    2026/6/7 13:33
    みのとのくらひにのぼりてし
    やまなり みちなり
    ひと しらざれり
    とのくさ とくさのかんだから
    かたみにひかりて しんぜんの
    かかやけしひかり
    うるはしの
    みこととたちたる
    くらひやま



    この地におさまりし、天の光の仕組みが動きましょう
    約束された日が来たので、まひかりが動かそうとした跡も、
    なんとか元に戻って、まことの道に回り出したようです。

    ●これまでの活動報告はHP:まつりぬしの活動報告 https://matsurinushi.com/category/report/ にてご覧いただけます。

  • 日本再生 ― 祈りを未来へつなぐ、
    御神像 奉納事業を進めます。

    日本が「転換と再生」の時を迎える今、私たち日本まつりぬし協会は、神武天皇・応神天皇・神功皇后の御神像を、本来の御縁深い御地へ奉納する事業を進めています。
    この御神像は、京人形作家・故 關原紫光が遺した、時代の御心を映す尊き御神意の結晶であり、それぞれ 橿原の宮、宇佐八幡の宮に立たれることで、この国が歩むべき新たな道を静かに照らす灯となるでしょう。
    機を同じくして、橿原の地にお立ちになる神武天皇、宇佐八幡の神功皇后、応神天皇から、日本が迎えようとしている新たな時代の気運が伝わるメッセージが届けられています。