墓地を「負の遺産」呼ばわりしましたが、墓地として広大な土地を占有しながらも、その墓地が森と美しい調和を果たしている例もあります。TBSの番組「世界遺産」でも紹介された「森の墓地」、スコーグスシュルコゴーデン(Skogskyrkogarden)です。スウェーデンの首都ストックホルム郊外にあるこの森は北欧の建築界をリードしたエリック・グンナール・アスプルンドが25年以上のときをかけてつくりあげた無宗派の墓地で、1940年に完成しました。12万人のユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒などが共に眠っています。明るく美しい森の中に整然と並ぶ墓石、なだらかな丘陵に点在する木々の間にひっそりと佇むように建てられた「森の礼拝堂」や「森の火葬場」は日本の墓地を思い出したときに感じられるような陰鬱さがなく、その造形美は清らかにさえ見えるから不思議です。自然回帰の思想を墓地に活かすという発想を、20世紀初頭という早い時期に実践に移し、アスプルンドは、スウェーデンの人々にとって誰もが共感する「人は死んだら森へ帰る」という思いをひとつのかたちにしたのです。しかもこの森林墓地には、「追憶の丘」と呼ばれる丘もあります。火葬にふされた故人の遺灰をその丘に撒くためです。丘のふもとまでは歩道が通じていて、花畑に囲まれたその丘で遺族たちは花をたむけたりして故人をしのびますが、実際に遺灰を撒くのは墓地の人間に任され、遺族は丘のどのあたりに遺灰が撒かれたのか知ることはできません。つまり「追憶の丘」は自然葬を行う丘なのです。驚くべきことにこれまでに3万5千人ほどの亡くなられた方々が自然葬を行いこの丘のどこかで眠っているというのです。スウェーデン国内にはスコーグスシュルコゴーデンだけでなく、500箇所ほども自然葬の対象墓地があり、国民の半数が自然葬を希望しているといいます。キリスト教でも一部で火葬が行われるようになったのは19世紀になってからといいますが、21世紀初頭の現在にいたるまで、確実に宗教による束縛からの離脱は続いているのでしょう。土葬文化の多いヨーロッパにあって、この「追憶の丘」は思想的にもアーストラストと近い概念を持っていることがわかります。しかしスコーグスシュルコゴーデンで、ひとつだけ残念なことがあります。美しい森の墓地の芝生の中を伸びる歩道の脇には、白くてひときわ大きな石製の十字架が建っています。アスプルンドが最後まで反対したというその十字架は、この美しい墓地の中で唯一、特定の宗教を主張する異質なオブジェで、景観的にも思想的にもスコーグスシュルコゴーデンと相容れないもののはずなのです。
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