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まつりぬしの原点(アーストラスト)

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まつりぬしの原点(アーストラスト)

緑山 守
アーストラストをテーマに語る / 2006

19.自分史を書く人々

自分史を書く人々が増えています。自分史というと、退職したシニアがコツコツと自分の生きた足跡を記録する地味なイメージがありますが、私は、次の2つの理由でとても意義のあることだと思います。ひとつは、それまでの人生を総括し、その後の人生をつむぎだそうという積極的な取り組みの自分史もありえるということです。過去の人生を振り返ると、良い意味でも悪い意味でも、自分という人間の物語を、高みから俯瞰で見ることができます。意外な才能を持つ自分を再発見するかもしれないし、実は何もしてこなかったと反省するかもしれません。いずれにしても、その後の人生に大きな示唆を与えてくれるでしょう。自分史を書いたからといって、人生が終わるわけではありません。自分史を書くことで、何かに気付き、まったく違った人生を歩みだすかもしれません。もうひとつは、自分がたしかに生きたという証拠として何か残したいという衝動が表れているということです。もしかしたら、その衝動の一形態がお墓なのかもしれませんが、それが自分史なら、創造的産物の文章として残せるわけです。たとえあなたが仕事に真面目に取り組んできた人であったとしても、その仕事がかたちのあるものとして残せるものとは限りません。何かつくりだしたい。誰もが持っているその創造性の衝動が、高齢になってから高まってきても不思議ではないのです。つまり、人生の分岐点として自分史を書こうと、人生の記念碑として自分史を書こうと、「人生を見つめなおす」という意味において、自分史を書くことは、自分はどのように生きるべきかを考えることにつながるのです。その目的が、人のためか、社会のためか、地球のためか、あるいは自分のためかは別にしても、自分にはまだ何かやれることがあるんじゃないか、本当はしたいことがあるんじゃないかと、内面を模索する心理が、この自分史ブームを支えているような気がします。そこで、私は自分史を書いている人々にさらなる提案したいのです。あなたの自分史に、あなたの理想の死に方を書いてみませんか、と。もし誰かがあなたの死後に、あなたの自分史に加筆して仕上げをしてくれるとするならば、あなたはどのような最後で自分史が締めくくられるのが理想ですか。あなたの美学、信仰、信念、名誉、世間体、潔さ、いったい何があなたの死に方を規定するものでしょう。死後、どのように語られる死に方を求めますか。