日本守護 御神像 奉納事業
日本まつりぬし協会特別事業
▶︎トップ項へ

まつりぬしの原点(アーストラスト)

おすすめ:苦しい時に読む〈積哲夫のことば〉

セルフ〈まつりぬし〉アイテムのお求めは ▷

まつりぬしの原点(アーストラスト)

緑山 守
アーストラストをテーマに語る / 2006

26.臨死体験に学ぶ

臨死体験をご存知でしょうか。病気や事故で命を落としかけた人が体験するという不思議な現象です。多くの臨死体験者が共通して証言することとして、自分の意識が身体を抜け出し自分の姿を上から眺めている様子や、トンネルのような暗いところを抜けると、愛にあふれた光の生命と出会うというような内容が有名です。体験者の国籍や宗教などの文化的な影響があることもありますが、その共通項の多さから、本当の死後の世界のすがたではないかとか、危機に瀕した脳が引き起こす幻覚にすぎないとか、さまざまに議論されています。ここで注目したいのは、臨死体験をした人の多くが人格的に劇的な変化を起こすと言われていることです。宇宙との一体感や、森羅万象やすべての人が自分とつながっている感覚、時間や空間が飾り物の枠組みに過ぎないという感覚を体験して、物質的金銭的な欲求がむなしいものと感じられ、精神的な知識欲と、他人への愛、奉仕、助け合う心が生まれるらしいのです。さらに、人生には実は神聖な意味と目的があり、それを果たすことが何よりも大切だと思うようにもなるのだというのです。ここまでくれば、もう東洋的な言い方でいう「悟り」じゃないかと思えるほどの境地ですよね。さらに興味深いことは、体験者の多くが「宗教的」な物事から遠ざかり、「精神的」になったと語っていることです。彼らにとっては、特定の組織宗教やそれらが持つ形式的な側面が重要ではなくなり、普遍的な精神性が重要になります。そして「神」の存在を確信するようになったと証言します。これはどういうことなのでしょうか。ついつい「神」とは宗教と1セットになった言葉のように思いがちですが、私たちは大きな勘違いをしていたのかもしれません。そう考えると、よく新聞などで、「21世紀は宗教の時代」などとありますが、あんな疑わしい価値観を読者に刷り込んでもよいのでしょうか。それはともかく、臨死体験者のように、より良い倫理観に目覚め、慈愛に満ちたパーソナリティになれることは素晴らしいことですし、できればそれがどのようなものか体験したいものです。しかし誰も死にかけるような危険な目にはあいたくありませんよね。一方で、人生の神聖な目的とは何なのか、宗教的ではない精神性とは何なのか、とても気になるところです。もしかしたら、九死に一生を得るような稀有な体験がなくとも、この時代にこの問題を考えるように、気付けるように、これらの多くの証言が広く伝聞されるようになっているのかもしれないと、ふと思ったりします。