アーストラストの考えは、まったく関係ないかのように思える2つの領域の話をつなぎます。人は普通、お墓をどうするかというのは宗教観や死生観の問題で、森を残そうというのは地球環境保護の問題として、別個のものと認識します。しかし、このアーストラストの概念は、高いお金を払ってお墓を買うなら、少しの木々を守るべく森を買うことの方が人間として価値ある行為ではないかという発想を提案しています。個人のお墓を確保することと、地球の自然を確保することを天秤にかけてみた問いかけとも言えるでしょう。そして、多くの人々がわずかずつでも森を購入し、購入者のネームプレートだけでもその森に残っていけば、地球環境を保護するためにちからをかした人々の行為を後世まで称えることもできるのです。何十万円、何百万円というお金を使って、土地のない日本で森を削って作った不便な場所にお墓を買い、子や孫に「毎年かかさず墓参りに来てくれよ」とある意味で死後の世話を懇願することが本当にあなたの望むことなのでしょうか。むしろ、「あなたの両親や祖父母は、自分のお墓をつくらずにこの森を買って亡くなったんだよ」と子孫に語られるほうが誇らしく思える人もいるのではないでしょうか。そこには、これまでの慣習や信仰による抵抗感があるであろうと思われる反面、お墓に対する考え方が大きく変化している現代だからこそ受け入れることができる思想があるのです。環境問題は深刻化し、特に温暖化による異常気象は、地球がその怒りを人類にぶつけているかのようです。多様な自然保護運動に期待しつつも、人が死に際してとれる最良の自然保護、もしくは最低限の地球への感謝を示す方法がこのアーストラストにあるのではないかと直感します。
今後、積さんの提唱されるこの概念、「お墓を残すぐらいなら、森を残したい。」という考えに共鳴して、私、緑山 守(みどりやままもる・仮名)が、アーストラストをテーマに様々な視点で語っていきたいと思います。
