お葬式やお墓の意義が急速に変化してきているというお話をしてきましたが、それでも多くの人がその変化に戸惑いや抵抗を感じていることでしょう。たとえ特定の宗教に属さない人であっても、これまで長く作られてきたお墓のスタイルを無知な個人が勝手な発想で変更してよいのだろうかと不安に思うのは想像に難くありません。しかし考えてもみてください。時代によってお墓のあり方は大きく違って当然です。たとえば日本のお墓のかたちのもととなる五輪塔のルーツは、釈迦が入滅後に弟子たちがその遺骨である仏舎利を納めるためにインド各地にたてたストゥーパと呼ばれる塔です。このストゥーパはお椀をふせたような基礎部分を中心に様々な装飾が施され、多様なかたちをしています。その後、高僧が亡くなったときなどにもストゥーパらしきものが建てられるようになり、やがて仏教が東アジアに伝播すると五重の塔などの寺院建築のモチーフとしても取り入れられ、それが墓石のかたちにまで反映されるようになったのです。ストゥーパを漢字に音写したものが「卒塔婆」(そとば)で、日本語の「塔」もこのストゥーパから来ていると言われています。日本では卒塔婆と言えば、五輪塔のかたちを模した細長い板でお墓の後ろに立てられています。墓石が家のために建てられたのに対し、個人の戒名などを書いて立てられました。そして卒塔婆や五輪塔のお墓のスタイルから変化して、シンプルな直方体にまでなったのです。現代では、土地不足もあいまって、都会のお寺はビル化してきています。その中のお墓はロッカールームのようなすがたです。最近ではインターネットでお墓参りができるお寺も登場し、クリックひとつで般若心経が流れるというお手軽さです。これらの現代的なお墓は、維持費用も安く、年に一度の墓参りには便利で機能的といった声もある反面、その情緒のなさに反発し、緑に囲まれた霊園墓地を求める声もあります。いずれにせよ、はじめにつくられたストゥーパから考えると大きな変化をしています。ここへきてギター型の墓があろうと、機関車型の墓があろうと大きな問題ではないと言えるでしょう。私たちのお墓に対する発想が、文化的、宗教的風習や、「納得」できない四角四面のルールに縛られているのではないかと考えてみることは決して無駄ではないでしょう。だってお墓自身がルールに縛られずに変化してきたのですから。
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