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まつりぬしの原点(アーストラスト)

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まつりぬしの原点(アーストラスト)

緑山 守
アーストラストをテーマに語る / 2006

6.先祖供養という文化の終焉

テレビ番組である占い師が、「きちんとお墓参り行ってないでしょ!」と相談者を叱っていました。お墓参りに行っていないから家族に病気や事故などのよくない現象が起こるのだというわけです。よくある話です。本当にそうかもしれません。しかし、この忙しい現代社会に、「できれば毎月、それが無理なら正月、お盆、春秋の彼岸くらいはお墓参りへ行け」と言われて、人々はそう簡単に墓参りに行けるものでしょうか?それに先祖のお墓もひとつとは限りません。父方のお墓は北海道、母方のお墓は沖縄にあるかもしれません。「毎年じゃないけど、田舎に帰ったときはきちんと墓参りしてるよ。それで勘弁してくれよ。」というのが正直なところではないでしょうか。私は忙しかったらお墓参りはしなくてよいではないかと言っているのではありません。祖父母、もしかすると両親のお墓はあなたしか守る人がいないかもしれません。すでにある墓を放置せず花をたむけるのは立派な役目でしょう。私が言いたいのは、あなたも、あなたの兄妹や子供に同じように世話をやかせるのですかと問いたいのです。兄妹や子供がすぐお墓参りできるように、できるだけ家の近くにお墓を購入しようと苦労し、バスで片道1時間の霊園に墓地を一区画購入し、「せめて年に一度でいいから、墓参りには来てくれよ」とあなたの子供や兄妹に懇願するのですか。そして死んだらそのお墓にたたずんで、「あー、ひまだなー。子供たちがくるまでまだ半年もあるよー。」と愚痴をこぼすのですか。その期待していた墓参りに子供たちが現れなかったら、墓へ来るようにと枕元にたって嫌味を言うのですか。そのような存在になりたいでしょうか。すでに墓にいることを選択して亡くなった先祖の墓守はきっちりしなければならないと思いますが、私は自分の子供にそのような世話をかけたくはありません。こんなことを言う私は先祖をうやまっていないわけではありません。先祖供養と先祖をうやまうこととは違います。日本の先祖供養はおもに仏教的儀礼による霊をなだめる宗教行事です。先祖をうやまうことは、先祖に対する敬意を払い、自らが生を受けている意味を考え感謝する気持ちです。その違いを明確にすれば、先祖をうやまう気持ちを持ちつつも、先祖供養という文化を終えていくことも考えられないでしょうか。そしてこれまでも述べてきたように、現代の日本においてそれは決して突飛な思想ではなくなってきているのです。