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まつりぬしの原点(アーストラスト)

おすすめ:苦しい時に読む〈積哲夫のことば〉

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Archives of activity reports of Matsurinushi

活動する<まつりぬし>の記録

各地で活動している<まつりぬし>の
これまでの活動報告をまとめています

  • アーストラストジャパン2008vol.8

    天地異変

    この2009年、人間世界の変動に対応するかのように、スピリチュアルなデータ系では、天も地も不思議な変化を示しています。
    私が知っているのは、天の一二三というものが動きはじめ、どうやらそれが現実のこの宇宙では、太陽の活動の変化とリンクしているらしいことと…。
    地のイワトが開いて、いままで封印され、人間界には影響をおよぼすことのなかった原初の神格のエネルギーが、地面から人間に伝わっているらしいという、天と地の連動なのですが…。
    具体的なエネルギーでいうと、このクニでは、あまり一般的ではなかった霊界の下にある地獄の層へ人間のたましいを送り込んでいた、西欧的な悪魔というもののエネルギーが、かなり強く人間に影響を与えています。ハリウッド映画の天使と悪魔というタイトルが、日本人の潜在意識にある何かを刺激して、そうしたエネルギーを活性化させているのかも知れませんが、このクニの宗教的伝統では対処する知識のないもの、つまり、免疫のないものです。
    それが、地の底から出てきて、人間にかかっています。悪魔のささやきや、悪魔の誘惑によって、破滅への道を歩むものたちが決定的に増加していくことになるのでしょう。
    アース・トラストの基本的な考え方は、お墓のかわりに森を残そうというものです。それは、このクニの人間にとっては比較的容易に受け入れられる主張のはずです。
    自然を破壊して造成された墓地を購入し、高価な墓石に名前を刻んで、そこに自分の骨を収めることが、人生の目標ではないことぐらい誰でも知っていることだからです。
    ところが、死後の世界を職業的なテーマとする宗教者にとって、葬式から納骨までの儀式は、収益の柱になっています。
    それらは、死者のためのものというより、生き残った家族の心の安定のための儀式ですから、それで満足が得られるなら、ビジネスとして成立します。
    いまは、死にいくものが、死について深く考えることもなく、死後のことを、生者にすべて委ねているという人間の歴史上、はじめての事態に遭遇している時代といえるのです。
    だからこそ、このクニで人間のたましいを地獄の底へ落とすためにハタラク悪魔という意識エネルギーの跳梁跋扈がはじまっているのかも知れません。地のイワトが開くということは、地中深くに隠されてきた神秘のデータが人間の意識に上ると同時に、最後の審判でわけられたものたちが、落ちていく概念的にいうと永遠の暗黒の世界への扉が開いたということなのでしょう。
    この6月に入って、私の頭のなかには、くり返し「暗黒の宇宙」という言葉が伝えられています。
    この地球を、暗黒の宇宙のなかに置くことを、誰が希望するのでしょうか。しかし、このままでは、その方向のようです。
    ほとんどのものたちが、暗黒の宇宙に去り、約束されたものたちが、光の宇宙へと歩みを進めるという聖書の黙示録の世界が、いよいよ、この日本でもはじまっているとしたら、自分の死、人間の死を考えるためのアース・トラストの役割も重要になってくるはずです。

    の報告:
  • アーストラストジャパン2008vol.7

    もののけ姫とスカイフィッシュ

    光文書のVol.105、イザナギ、イザナミ、キクリヒメというテーマで私は、このクニに用意された最後の一厘のシステムは、白山のスイッチを入れるまでという意味のことを書きました。
    かつて存在した日本の神界において、唯一世界につながっていたのは白山神界でした。
    白山にスイッチを入れれば、その情報は、世界に伝達されるということなのです。
    1991年に白山ヒメ神社の三本杉が倒れるという象徴的な出来事によってはじまったこのプログラム。日本での用意が終わり、世界的な、あるいは地球的な規模に移行するある種の儀式が、この9月12日に私が白山山頂に立つことだった、とここではお伝えしておきます。
    シンボリックな意味で、1991年の日本と、この2008年の世界は、同じように、過去の経済システムの崩壊に直面しています。それらのことは、あちこちに置かれた正しい情報系の予言や予告には、はっきりと伝えられてきたはずです。それが、この2008年10月から、世界規模ではじまります。komyoshiによる9月30日の<ヒツクノカミ>の通信はそれを示しています。
    その先に何があるのか、少なくとも、私が白山に登るまでは、その先の情報は一切ありませんでした。ところが、9月28日の日曜日、千葉市のある正会員の方のお宅を訪ねて、私は、ある納得をしたのでした。その方のお宅は、住宅街のなかにあり、270坪ほどの敷地のなかに、三棟の建物があります。一棟が自宅で、一棟はオフィス用に賃貸され、もう一棟は、ほとんど使われていないかつての社員寮です。ところが、このお宅では、これらの建物よりも、はるかに存在感のある三本の樹木が、私を迎えてくれたのでした。
    二本は市街地では考えられない桜の巨木で、もう一本は欅の木でした。
    どれも樹齢は百年を超えているでしょう。それらの木が、生き生きとしているだけではなく、このクニでは普通、苦労しないと育たない薔薇の木が、伸び伸びと、生育しているのでした。
    また、そのお宅には、監視カメラがあり、そのカメラにスカイフィッシュと呼ばれる正体不明のものが映っているというので、その映像が私のもとに届けられたことがあります。
    スカイフィッシュと呼ばれるものはカメラの映像にはとらえられても、ほとんどの場合、人間の視覚では認識できないもののようで、その意味では、心霊写真のようなスピリチュアル系エネルギーが作用している可能性もあるようです。
    そのほかに、そのお宅では、植物の妖精の映像も数多く記録されてきたようです。お話のなかに、そのお宅の庭先に置かれた鉢植えの植物の妖精が、「すいませ~ん。お水ください…」とご主人にコンタクトしてきたことなどがあったのですが、その場で、私はここならそんなこともあるかもと感じていたのです。
    アニメ映画のもののけ姫の監督は、屋久島に滞在し、「こだま」のインスピレーションを得たとされていますが、そのお宅には、そうした原初の森に近しいエネルギーが満ちていました。そこは、この世に残された、精霊や妖精とコンタクトできた人間たちの記憶の窓といってよいのかもしれません。それはまた、宗教、とくに一神教が人間の支配をはじめる前の地球は、そうした生命あるもののコミュニケーションが成立していたことを示しています。このクニの自然に育てられ、自然と接してきた日本人の心性が、このクニの自然をさらに豊かなものにしてきたという相互作用がそこにはあります。
    「うぶすな(産土)」というものの価値を、人間はグローバル経済の崩壊のあとに再発見するというベクトルを、私はそのときに感知したのでした。
    日本が世界の雛形というスピリチュアルな情報の背景には、そんな要素もあるのです。
    「優しくなければ、生きている資格がない…」ハードボイルドの小説家、レイモンド・チャンドラーの書いたこの言葉を、すべての強者たちが自覚する日がくる気持ちにさせてくれる時空が、その三本の大木が守るお宅にはあったのです。私が、テーマのひとつにしているアース・トラスト・ジャパンというものの目標と、その運動を担う人間の姿がおぼろげながら見えてきました。
    この星の生命は、いま主人のつもりでいる人間の強欲とは、別のルールのもとで生まれ、進化するベクトルのなかに置かれていることに気づくときを迎えているのです。

    の報告:
  • アーストラストジャパン2008vol.6

    毎日90人の死の蓄積

    このクニは、毎年3万人以上の自殺者を出し続けながら、それを社会問題化もしない不思議な気分の中を漂流し続けています。公式データでも、毎日毎日90人以上が、自ら死を選び、死体を残し、誰かにその自らの肉体の最期を託しているわけです。
    キリスト教、とくにカトリックでは、自殺は罪とされ、教会はその葬儀はもとより、墓地に葬ることまで拒否してきました。死に対する考え方は、ある意味で、その文化を規定します。日本の武士道では、死に方に対する美学を、宗教的な価値にまで高めて、自死を認めようとします。しかし、この場合の死は、責任の取り方であり、自らの死によって積極的に家や一族などの名誉を守るという社会的な機能もはたしていたのです。
    いま、このクニにおける自殺のほとんどは、そうした名誉ある死ではなく、精神的に追い込まれたり、経済的な苦境という人生の敗北感から生じたものなのです。
    このクニが敗者復活戦という考え方の社会的な仕組みを持たないまま、グローバリズムの名のもとによる、マネーの論理だけに支えられた競争社会に突入したときから、こうした結果ははっきり見えていたはずです。
    日本語を話す日本人は、主語のあいまいなその言語特性そのままに、「私は、私は」という自己主張が苦手です。その結果、自身と他者の境界をあいまいにしたまま、何らかの問題に直面すると、自分の責任範囲と他の責任領域の区別がつかないまま、すべてが自分の責任や罪であるかのように思い込みやすいという現象を生じることになります。
    それは、うつ病の入口です。
    そうした内的な問題の解決に、精神科や心療内科で処方される、抗うつ剤のような薬は、もっぱら自己主張の強烈なアメリカ社会で治療薬として実績をあげてきた薬のようです。
    脳の動きを、脳内物質というバロメーターでみて、それを制御するということをする前に、思いの形態、ここではあえて思考形態とはいいませんが、日本語を使う脳と、英語を使う脳の間の差を検証していくことが必要なのではないのでしょうか。
    アメリカ人はすぐにセラピストのもとを訪れますが、日本人はカウンセリングのできるセラピストというよりも、占い師やヒーラーと呼ばれる手っ取り早い救済に出口を見つけようとします。この差が、毎日90人の自殺者という数字にあらわれているのでしょう。その自殺者が、この世の側に思いを残し、とどまっているというのも、また現実です。その暗い思いのエネルギーは、伝播し続け、さらに犠牲者を増加させていきます。
    いま、このクニの社会は、そういうサイクルにしっかりと入っているのです。
    自分の死を考える人間なら、こうした他の人間の死も考えなければなりません。多くの宗教者は、人間を天国と地獄にわけることで、自分たちの生きる糧を得てきました。何を根拠に、人間は天国と地獄にわけられるのでしょうか。
    宗教者が、それをきちんと説明できるのでしょうか。
    どのような説明をしたとしても、その根拠は、過去からの伝承でしかないのです。その過去あった精神世界というものすべてが消滅したこれからの時代での説明にはなりません。
    アース・トラスト・ジャパンは、自殺という文化を持ったこのクニで活動するために、すべてのたましいのマイナスのエネルギーも処理できる場が、山や森にあるという日本人なら誰でもが感じている浄化の根本を出発点にしなければなりません。
    私は、欲望にまみれた都市の文化が、その経済の論理だけで、山や森や田園の所有者となるときに、かつてエネルギースポットとされた聖なる場所が、ただのケガレ地になりはてる姿を何度も見せられているのです。
    日本全国、もう、はじめないと間にあいません。それは、毎日の生活のなかから、仕事のなかから、はじまるべき、新しいムーブメントなのですが…。

    の報告:
  • アーストラストジャパン2008vol.5

    ゲバラ、ボリビア、重力波

    いま、革命家チェ・ゲバラの娘さんが、このクニを訪れています。
    アルゼンチン生まれのゲバラは、キューバ革命成功の後、1959年に使節団の団長として来日、たっての希望で訪れた広島で衝撃を受けます。
    スピリチュアルな意味で、なぜ、いまゲバラなのか…。また一方では、マヤの神官も来日し、マヤ暦への関心をあおっています。私の情報系では、これらの一連の動きは、最後の一厘のしくみにつながるものだということです。
    ゲバラは、最終的に南米のボリビアで死にます。
    そのボリビアに、スピリチュアルな関心を向けたこのクニのグループがあり、そこに参加した日本人のひとりが自分の操縦する飛行機が墜落し、大破するなか、奇跡的に生き残ります。
    その人物は、帰国後それまでの仕事の領域を超えて、地球の環境やエネルギーの問題を解決する技術の開発者、発明家の道を歩みはじめました。
    私があらかじめ与えられている情報として、日本で最後の一厘のしくみが本格的に発動すれば、このクニは再び黄金のクニ、ジパングになるというものがあります。
    この情報が、正しいことを、精神学協会の会員で、その人物に会ったことのある少数の人間は、確認しているはずです。いまはまだ、研究中のその技術は、可能性として、化石燃料と核燃料という、現行文明を支えるエネルギー資源の問題から、人類が解放される日をもたらすかもしれません。
    なぜ、それがゲバラとボリビアにつながるのか。
    その人物は、ボリビアでいく度となく空飛ぶ円盤を見ています。それを見て考えたことが、現代の物理化学の限界をブレークスルーする発想につながったといってよいのでしょう。
    その人物が公開することを許可しているDVDがあります。
    そこには、小さなエンジンを乗せた模型飛行機の映像が収録されています。何の解説もない映像をよく見れば、その飛行機は、翼の揚力によって空中に浮いているのではないことがわかってきます。
    その模型型飛行機は、地球の重力を打ち消す何らかの力によって空中に浮き飛んでいることになります。
    もうおわかりでしょう。空飛ぶ円盤の飛行は、どう考えても重力波とそれを打ち消す反重力波というものをコントロールする技術が必要なのですが、そのDVDの映像は、その技術の可能性を示しているのです。
    ゲバラはある意味、このクニでいうところのミコトモチでした。
    そして、そのたましいを、そのこころざしとともに保護し、保存した神格があることを私は知っています。
    日本ではじまる最後の一厘というプログラムは、決して日本だけにとどまるものではないのです。
    いま私がお伝えできる情報はここまでです。
    精神学協会が目ざしているアーストラストという動き、その考え方の原点には、人間界と精神界、そして物質界のすべてにおいて、これから生じる変化が織り込まれていることを忘れないでいてください。
    地を汚さずに去る人間というものになるために、飽和点に達したひとりひとりの人間の欲望を、どう本来あるべき調和点にもどすかを、考え、創造していく必要があるのです。そして、そのための発見や発明をするのも、身体を持った人間なのです。
    用意はされていますが、それを見つけ生かすためにハタラクものが必要だということです。

    の報告:
  • アーストラストジャパン2008vol.4

    日本の山林

    このクニの豊かな海を守ろうとするなら、山を守らなければならないという関係が多くの人間に知られるようになってきました。ところが、山間部では、高齢化が進み、田畑の耕作放棄地の増大と、手入れのされない山林の増加によって、人間の住めなくなる地域が急速に拡大するといわれています。
    私の個人的なスケジュールでは、お墓のかわりに森を残そうという運動の主体となるNPO法人のようなものとして、アース・トラスト・ジャパンをある程度以上の賛同者を集めて立ちあげるのは、2012年以降だと考えていました。
    前にも書きましたが、私の頭のなかにある、自分の墓をつくらず、山か海に散骨を希望する方が、負担するのは、50万円です。そのうちの50%、つまり25万円分が山林や田畑を購入し、維持するためのトラスト資金に当てられるというものなのですが…。
    単純に、精神界にある数字である「いちまんとばしら」という10000人の参加だと、その資金は、約25億円になります。墓地の価格だけではなく、このクニの都市部の土地価格や、有力な宗教団体が集めている献金額からいうと、大したことはできない数字のように思えます。
    ところが、山となると…。
    先日、私のもとに35万坪の山林という案件のニュースが届きました。ある雪深い地方の山林ですが、一応、国道に面しているということでした。正確なことはわかりませんが、価格はヘクタールあたり何十万円という数字だったと記憶しています。
    一万人どころか、千人でも、かなり大きな公園のようなスペースを次の世代のために残すことが出来そうです。
    いま、全国で地方自治体が支えてきた林業組合などが、その借入金の返済をめぐって、政治的な決着を迫られています。
    現代のマネーゲームにおいて、それらの山林は、利を生まないものであることを知りつつ、地域のための公共事業として、継続されてきたというのが、現実のところでしょう。
    経済が成長し、税収の増加が期待できる間は、このような選択も可能でしたが、もう、国にも地方にも、そんな余裕はありません。
    これから、どうなるのでしょう。
    山林というものは、放棄すれば荒れます。国内材の需要が回復するなかで、材木を切り出した後、植林し数十年の管理を誰が担うことになるのでしょうか。
    いまのグローバル経済のなかでは、世界の景気に国も地方も、そして山林地主も、影響を受けます。ペーパーマネーの方が、実体として、年々成長する山の木々よりも、パワーがあるというこの経済の不合理さをよく考えてみましょう。このバカバカしさは、生きている人間の欲望だけを、経済が反映しているからなのだと、いい加減で気がつくべきなのです。死者は、マネーゲームに参加することはできません。けれど、生きている間にできることもあるのです。それは、自分が生み出した財貨を、自分の死後にマネーゲームに使うのではなく、マネーゲームの時代を終らせるために使うという選択です。
    そのひとつが、私がお伝えしている、アース・トラスト・ジャパンの方向性なのですが、この面でも、状況は急速に進行しているのかも知れません。
    これも誤解されることを承知したうえで、要約してしまうと、地球上の土地というものに、私有制という概念をあてはめ、すべてをマネーで買えるようにした時代が、私たちの生活している「いま」という時空なのです。
    この時代のルールや価値観を、聖書の黙示録は、はっきりと予告していたのではありませんか。
    地球という生命系は、この人間の無限の欲望に耐えることはできません。それに気づいた人間から、生きざま、死にざまを変えるしかないとしたら、日本という場で、いちばん最初に、その変化が起きなければならない必然があることにも気づくべきでしょう。
    日本の山々は、歴史上、つねに神仏に捧げられていた場であったことを思い出してみてください。

    の報告:
  • アーストラストジャパン2008vol.3

    地域と精神界、支部と協会のこと

    私が、限られた時間のなかで、会員の方々のさまざまな活動をバックアップすることを考えると、支部というものもやがて必要になると感じていました。
    この2008年は、すでにその段階にまで進んできているといってよいのでしょう。ただし、正会員であれ、維持会員であれ、ひとりひとりの会員の方は、ひとりひとりが直接光とつながっているのであり、支部が取り次ぎをするという宗教的発想とは無縁のものであることはいうまでもありません。
    私が当初、考えていた各支部というものは…
    一年間の正会員プログラムを終了された会員の方が、最低でも二名以上で、各支部の活動をしたいと申し出た場合に、いつくかの条件を満たしていれば、その申し出を受け、何らかの支援をする、というものでした。
    それは、正会員の方のなかで、スピリチュアルなエネルギーのデータ解析をする能力と、闇のエネルギーを処理する能力を持った方が、最低でも二名いないと、人間のこころの闇にかかわるハタラキをするのは危険だからです。
    神業をするものであれ、セラピストやカウンセラーという名のものであれ、相談を受けたり、指導をするものは、支配したり、抑圧したりするものになる可能性をいつもかかえています。
    現実に、宗教的カルトやスピリチュアル・セミナーなどでの言葉の暴力や、セクシュアルハラスメントの被害は、金銭的な被害よりも深刻なダメージを残します。
    精神学協会の一年間の正会員プログラムをマスターし、その知識を邪まな欲望のために使うなら、ある種のカリスマにはすぐにでもなれるのです。
    私は、原則的に自分に属さない精神界のエネルギーとの接触や処理は証言者がいるところでするという行動で、この危険を回避してきたのです。
    いま、このレベルにある会員の方が二名揃う地域はまだありません。ひとりでは、人間のたましいに触れることは危険すぎるのです。
    したがって、いまつくるとしても、それは、私が期待している、闇の処理をする能力を持った支部ではありません。ただ、やがて、その能力を持つ会員が増加、そういう機能を持った支部が立ち上がるでしょう。
    ところが、この支部というものを、アース・トラスト・ジャパンの地域活動につながるものと考えると、もう少し、ハードルが低くなります。
    それぞれの地域で、精神学協会の支部を立ち上げようとする正会員の方が、いま何をしたいかという提案をしていただく余地が生まれます。
    会員の方は、それぞれ自分の考えを持ち、自分流のハタラキをされるはずですが、地域で協力して何かをする必要があると感じる方は、会員ひとりひとりの共感と合意を形成していく責任を担わなければなりません。
    いま、それらのことを考えておくことは、これからの精神学協会のためにも大切なことなのだと感じます。ただ、新しく参加する正会員の能力は、加速度的に高まるはずです。やがて、私が期待している支部活動ができる人材が育ち、本来の役割をはたすでしょう。2012年までには、各支部はそういう支部になっているはずです。

    の報告: