日本まつりぬし協会特別事業
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Archives of activity reports of Matsurinushi

活動する<まつりぬし>の記録

各地で活動している<まつりぬし>の
これまでの活動報告をまとめています

  • Vol27

    橿原神宮参拝のご報告

    新年のご挨拶が遅くなりましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
    昨年末は、十一月中旬より仕事に追われる日々が続き、師走の二十日で漸く一段落がついたところに、ご葬儀のご依頼を賜りました。また、そこに合わせたかのように孤独死による遺品整理のご依頼も重なり、昨年はまつりぬしで終わり、今年はまつりぬしで始まる二千二十六年となりました。
    ようやく心を整え、投稿に向き合える状態となりました。
    日本まつりぬし協会による『御神像奉納事業』に合わせ、『御三神像様:神武天皇、神功皇后、応仁天皇』からの御言葉に導かれ、昨年11月橿原神宮へ、12月宇佐八幡宮へ、ご参拝並びに活動祈願に行ってまいりました。そのご報告をさせて頂きます。当日は早朝より三輪神宮、石上神宮、橿原神宮の順番でご参拝させて頂きました。橿原神宮の中門をくぐると、得もせず涙が溢れ出ました。それは大きな御旨に抱かれるような気持と畏敬の念のはざまで我を忘れた一瞬でした。そして本殿を前にご参拝が遅れた旨をお詫びし、これからの活動祈願をさせて頂きました。暫し目を閉じたたずむと、爽やかな風とカラスの鳴き声で、この度のご参拝の趣旨が成就したと感じた次第です。(あくまでも私の主観です)
    橿原神宮を後にした私たちは、その後橿原市にある高市早苗総理の事務所を表敬訪問しました。事務所の玄関を開けると正面には神棚を挟み右側には高市さんの大きなパネル、左側には松下さんの同じサイズのパネルが張られてました。2025年10月に自民党総裁となった高市早苗氏は、松下幸之助翁が創設した松下政経塾の思想を受け継ぐ政治家として注目されています。松下翁は、精神的教育活動と経営者としての豊富な経験を通じて、「国家も企業と同じく経営が重要である」と考え、自らなら“無税国家”を実現できると語っていた人物です。
    松下翁の背景には、日本の神々──とくに石清水八幡宮の八幡神から受けた影響があったとされ、国家運営を“神意に添った経営”として捉える独自の世界観がありました。しかし明治以降、日本の国家運営は西洋型の教育体系を通じて育った人材が中心となり、江戸以前に連綿と続いてきた「領国経営」的な知恵が失われていったとも指摘されています。
    いま多くの日本人が、「従来の日本のままでは生き残れない」という漠然とした不安と転換期の気配を感じています。その中で、松下政経塾で理念教育を受けた高市早苗総理の登場は、松下幸之助翁が描いた“国家を経営する”という思想を現代政治の中で体現し得る人物として期待されています。
    つまり、高市氏の台頭は、松下翁が目指した国家像──無税国家を含む大胆な国家経営の再構築──が現実味を帯びてきた象徴ともいえ、いま日本が迎えている大きな転換期を示すひとつのサインと見ることができます。
    日本に住まう私たちひとりひとり、この国の成り立ちをあらためて、”知り、培い、繋げ”再生してゆく、この時に、日本の再生の道に尽力する、という御意思を手向けられ、
    橿原の宮、宇佐八幡の宮に 神気を宿した御神像として立たれようとされています。
    機を同じくして、橿原の地より、高市早苗政権が新たに立ち上がり、
    この日本が、どのような時代を迎えようとしているのかは、伝わってまいります。

    この様な背景を理解し
    一般社団法人日本まつりぬし協会 理事 前島秀幸は、御三神の意をもって御神像奉納事業を進めるとともに、日本初の女性総理という、歴史的転換期に希望を持つひとりとして
    『転換と再生』の道に、尽力します。
    本年が、皆様にとって光に満ち、心が真に望む道が開かれていく一年となりますように。 そして、神々が育んできた「まつり」の心が、より多くの人々へと広がっていくことを願っております。
    2025年のご縁に深く感謝し、本年も変わらぬお付き合いをお願い申し上げます。

    ●これまでの活動報告はHP:まつりぬしの活動報告 https://matsurinushi.com/category/report/ にてご覧いただけます。

    Vol27
  • Vol26

    市房山頂上に、光の柱が立ちました。

    二千二十五年十一月三十日から一泊二日で、九州は熊本県と宮崎県にまたがる市房山(千七百二十・八メートル)に向かいました。参加者は、約二十名で、熊本県側にある市房山キャンプ場の駐車場に集合し、キャンプ場から市房山四合目にある市房山神宮本宮を目指して、山を登ります。片道一時間で、往復二時間の山歩きになりました。一方、こちらとは別動隊で、三人が朝早くから山頂を目指して、すでに出発していました。

    二百名山に入る市房山の特徴は、大杉と原生林です。
    四合目までの登山道には、幹回りが六メートルを超える大杉が点々とありました。その樹齢千年に近い大杉を、精神学協会会長・積哲夫先生が、立ち止まって「コンコン・・・」と幹を手のひらで叩いてから、通っていきます。
    理由をお聞きしたところ、この行動は、長い年月、眠っていた杉を起こすためだったそうです。
    コンコンコン・・・優しく掌(たなごころ)で叩いた音が、周りの空間に広がっていきました。

    全行程の三分の二ほど登ったところで、まつりぬしの若崎晃子さんが受け取った【御言葉】を、若崎さんに替わって代理の二名が奏上しました。

    【御言葉】



    つつしみて
    申し上げます

    この地の
    おぼしめす
    悠久(はるかなる)時 の
    ことわりの

    ここに 今
    証すれ とて
    まいりたもう

    時を超え

    このヒノモト
    新たなる時を刻む

    ひ いずる クニの
    まばゆく立ちゆく
    さまの
    いとも うるわしき

    つつしみて
    この創造の御言葉を
    この地に
    響かせたもうや

    全身全霊
    光の器とて
    響かせ給ふ



    少し様子を見てから、もう一度、奏上しなおすことになりました。

    「言葉に光と入っているから、今度は太陽の日が差すところに出て、もう一度やってごらん」
    と積哲夫先生。

    そのアドバイスに沿って、日が差す場所で【御言葉】を言上げすれば、山中の様子が変わりました。荘厳な雰囲気が現れて、言葉を受け取っていただいたのがわかりました。

    ほどなく、険しい登山道の四合目にある市房山神宮本宮に到着しました。
    御祭神は、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)・邇邇藝命(ににぎのみこと)・木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)です。これは、この地が日向神話の重要な舞台であり、特に高千穂峰や霧島山と関連が深いことから、天孫降臨(てんそんこうりん)の神々をお祀りしています。
    この度は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)様が待ってくださっていました。
    ひとりずつ、丁寧に参拝をしてしばらく休憩していると、市房山の頂上を目指した三人も、頂上に到着したと連絡が入りました。

    市房山山頂に、光の柱が立ったことを確認してから、山頂でもふたたび【御言葉】を奏上してもらいました。

    この、市房山登山は、十月二十六日に光の柱が立った安達太良山(福島県)と対をなすものとなり、「最終知識」に書かれている、日高見が安達太良山、日向が市房山になります。日本に、二本の光の柱が立って、一つの時代が終わり、世界は新しい展開を迎えることになります。

    写真提供:松野寛治さん・村上まゆみさん

    ●これまでの活動報告はHP:まつりぬしの活動報告 https://matsurinushi.com/category/report/ にてご覧いただけます。

    Vol26
  • Vol25

    まつりぬしのお清め(4名にて) ご報告 後編

    前回 投稿したお話の“総論”の件に言及し
    お伝え致します。

    【命の書】
    祠にいる存在が『光封』におさめられる数日前。
    今回の流れの中で『命の書』にご登録された女性のお言葉を聞かせていただきました。

    ○○様 女性

    このようにして
    語れること
    本当にありがたいです

    私は大きな迷惑をかけしてしまいました。
    その残念さに 潰れていきます

    よくみえてきていて
    でも
    わかれば
    わかるほど
    どうしようもない
    感情に苛まれます

    ある時(命の書の登録された時)
    ふーっと軽くなって
    自分のしたことが
    許されるというのではないですが

    息ができる というような….
    自分をちゃんとみれるというか…

    居場所?が変わったというか
    変えていただけた

    やさしさとか あたたかさを感じます。

    火をつけた私が 私をおそってくる
    ずっと ずっと
    恐怖という表現がいいか
    助けて ということも
    通らない
    (音が壁に吸収されていく感じ)

    自分が作ったもの(意識)
    に閉ざされる
    悲痛なものの中で ずーっといる
    狂いたくても
    狂えない
    でも
    私の選んだこと(意識)

    なさけないです
    こんな自分で終わったことが
    本当に 悔しい

    執念のような
    執着のような
    おぞましいかぎりです

    自分がぬぐいさること
    できなかったものって
    なんだったのでしょうか

    本当に申し訳ない

    ※(ここで 稲荷の祠にいる存在が
    意識上に入り込んできました。
    その存在の言葉を聞いたのち)

    あー 魔的なものだったのですね
    私は異常だった

    今 気がついても 後の祭りですね

    もし生きている時に
    このようなことを知っておれたら
    自分を
    そんな呪縛から
    解いていけてたのでしょうか

    蒔いたものが
    大きすぎてくるしい

    でも今は
    ありがたいことに
    感謝が出てくる
    それがうれしい

    ありがとうございます
    ありがとうございます

    しっかり正します………

    『命の書』に名前を登録されるということが どれほどのことなのかを
    その方のおられた層 命の書に登録されたのちの層 を体感し 実感致しました。

    【祠の存在】
    ※エネルギーが強いので 言葉そのものの記述は省きます。

    この女性との交流中に あらわれた祠の存在は ある意味 たくさんの気づきを与えてくれました。

    始終 人間をあざけりわらい してやった 簡単なことだと。

    内にある種 種が現象化する。

    彼らは 自分にある負のスパイラルの元凶に 気づかず生きるものを取り込み 不幸への道案内する。

    人間に備わる五感からの感情というセンサー。
    それをたくみに利用し 地獄的に現象化し 彼らのエネルギー源をどんどん大きなものにしていく魔界のシステム。
    その一員となるか ならないか 自分次第。

    祠の存在がなぜ 稲荷の祠に鎮まることになったのか。
    施主様が 知り合った霊能者さんが 祠の稲荷の依代を出し 自分の正しいと思う慢心で入れ替えたのです。

    以降 起こる現象が悪化することになり より施主様は 複雑に色々なものに縋る形となりました。
    より一層 霊能者さんの示すままに 動かれることとなりました。
    このことに まつりぬしのひとりが 時折 警告をお伝えていたのですが。

    もちろん その霊能者さん自身も、その環境も悪化していき、あまりに よくないことが起こる現象をみて 自分が信じた霊能者さんのもとから 離れていく人が続出したそうです。

    その方々が 今後 自分の内にある種に正しく向き合われることを祈ります。

    【恩師の御言葉】
    祠の存在を 『光封』に納めていただいたのちに 恩師にお聞きしたことがあります。

    工事が終わったら 『光封』から 存在の依代の御札を出すとなっています。

    単純な疑問で
    「光封から出されると また大変なことになりませんか?」と。

    恩師はこのように言っておられました。

    『もちろん 出てくるよ。
    出てくるけれど 前みたいな力は なくなってるの。
    『光封』の中で光に浴している間に 浄化されて変わっていると思うよ。
    どんな風になるかは わからないけど ずいぶん違っているんじゃないかな。』 と。

    排除ではなくまつりあげる。
    というのは まつりぬしの心得の基本としてわかっています。
    強いエネルギーである存在に動ぜずに 丁寧にまつりあげる清らかな姿勢。
    教えていただきました。

    大切な御心の形をお示しいただきました。

    ●これまでの活動報告はHP:まつりぬしの活動報告 https://matsurinushi.com/category/report/ にてご覧いただけます。

    の報告:
    Vol25
  • Vol24

    2025年10月23日 快晴
    まつりぬしのお清め(4名にて) ご報告

    ◎鬼門封じ ◎敷地の清め ◎稲荷祠 光封

    ご依頼のお宅が 道路整備のため 
    鬼門にあたる箇所が削られることとなり、鬼門封じのご相談があり、ご依頼を受けて、このたびの運びとなりました。

    敷地に入る前に【土地神様にご挨拶】
    ⚪︎⚪︎家を 住わせたまいたる土地神様に 申し上げます。
    本日 ⚪︎⚪︎家敷地の祓い清め 並びに鬼門封じを執り行わせていただきます。
    マツリヌシ4名です。 よろしくお願い致します。

    この地の 
    豊かなるを
    平らけく安らかなることを 
    祈りつつ
    光あれませと 
    願いつつ
    始めさせていただきます。

    【1- 鬼門封じ】
    *準備
    ◎『方違御守護』の御札2枚
      積事務所にご相談
    ◎それを立てるヘラ
      積司塩、秘蹟水

    鬼門にあたる箇所(今回は道路整備で削られる箇所の端2箇所)に盛り塩。
    続いて
    全体に積司塩→秘蹟水をまいて 清めたのちに
    『方違御守護』をつけたヘラを 端2箇所に立てる。
     
    《言あげ》
    『ここはもはや 鬼門にあらず。
    この旨 御理解賜りますようお願い申し上げます。』

    ご了承得たことを確認して 終了。

    【2- 敷地の清め】
    ◎積司塩 秘蹟水

    7周回り 確認
    そのあと 敷地の気になる箇所を清める。
    敷地全体は完了致しました。

    【稲荷祠、光封】
    今回の案件で 最も重要な箇所で
    まつりぬしを執り行う前日に、積氏の御指導と主導にて進めました。

    ⚪︎⚪︎家何代か前に祀られた稲荷の祠ですが、
    すでに別の存在が入っている状態でした。
    本来のお稲荷様は いらっしゃいません。

    この存在がもたらす影響は大きく 一族を絶やしていくようなエネルギーを持っているのです。
    魔界システムのひとつです。

    この存在には 道路拡張工事が済むまで「光封」におさまっていただきます。

    ○ 名刺大の御札に「この祠にいる存在」と書く。

    ○祠に その御札を一旦おさめます。

    ○その御札に 祠にいた存在が移ったのを確認し 封筒に入れ「光封」で閉じます。

    ○あらためて 祠におさめます。

    この時点で 場が軽くなり 揺らいでいたエネルギーもおさまりました。

    【総論】
    現在の家屋は 以前 放火で全焼し新たに建てられました。
    この放火の因となったのは 「色欲」です。
    今回 我を忘れ 魔界システムに身を投じてしまい 火を放った女性の言葉をいただきました。
    その女性の言葉を受けとっている時 祠にいる存在があらわれ 諸々 伝えていきましたので 

    次回のご報告にてお伝え致します。

    の報告:
    Vol24
  • Vol23

    フィリピン・マバラカット慰霊の旅
    (後編)

    弟から慰霊が終わった翌日に、「無事に終わった」という報告もかねて、1枚の写真がラインで送られてきました。
    マバラカット東航空基地、神風特攻隊の慰霊碑の前で撮った弟の写真です。
    無事に終わった安堵感で写真を眺めてみると、慰霊碑の後ろに八方に広がる雲が
    気になりました。何の雲かなと思った瞬間、涙があふれ止まらなくなりました。
    そして、感謝の言葉が下りてきました。

    まことにもって ありがたきことでございます。
    心より御礼申し上げます
    長きに渡り この地にとどまり この地を守ってまいりました。
    新たな時代の到来にまことにもって 皆と喜ぶものでございます
    ひかりある方々と共に 我ら この地よりあがり ハタラクものでございます。
    積殿の光、心より御礼申し上げます。
    ただただ、感謝の想いでいっぱいでございます
    お国の為、日本の為、ささげた命がこんなにも癒され 光を賜ることが出来
    ただただ 喜びに満たされて居ります。
    我ら一同 日本の未来に向かいハタラキをもって 積殿に感謝申し上げます。

    海ゆかば~~~
    みずきよく 流れゆくものなり
    この地を飛び立ったもの代表 関(行男)


    何かな?と感じた八方に広がった雲は、弟の報告にあったように日本の旭日旗の雲だったのでしょう。精神界のハタラキはいつも見事です。

    今回の慰霊の旅は、義をもって日本を愛し、守りぬいた方々のたましいが、積会長の光によって癒され、きよめられたことを確認し、両親から引き継いだ戦争にまつわる姉弟の物語も戦後80年の節目に感謝をもって閉じることが出来ました。
    弟が慰霊碑の前で感じたように負の歴史さえも、精神界(積会長も含む)のハタラキによって、きよく流れゆくものなのでしょう。

    海ゆかば~~
    みずきよく 流れゆくものなり



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    Vol23
  • Vol22

    フィリピン・マバラカット慰霊の旅
    (前編)

    戦後80年の節目の年として
    2025年 9月13日にフィリピンのパンパンガ州マバラカット市に行ってきました
    目的は、旧海軍航空隊マバラカット東航空基地跡にある慰霊碑です。
    ここに、積先生の許可を頂き、名代として英霊の方々にご挨拶し、まつり主の一員としてこのフィリピンの地に積水、積塩にて礼を尽くし、祈ってまいりました。
    マバラカット東航空基地は、敷島隊をはじめとして数百名の若き特攻隊員が帰らぬ命を奉げた歴史があります。又、日本人には、あまり知られていませんが、日本の神風特攻隊(敷島隊)として初めて飛び立ち成果を上げた地であります。そして、ここは、縁あるフィリピン人の方々によって創建された慰霊碑です。

    私にとってのフィリピン
    私は、フィリピンの友人知人も多いのですが、生前、母が「遠い親戚の叔父さんが、戦時中、赤十字の病院船に乗っていて撃沈されフィリピンの海に沈んでいる」とよく話をしていました。
    また、父の弟が、少年兵として特攻隊志願でしたが、出撃せず終戦を迎えました。

    まつり主として歓迎されたエピソード
    ○この時期、フィリピンは、雨期の真っ最中で、天候が危ぶまれました。
    当日は曇り空でしたが、青空が見え隠れするまでに回復、同行した知人のフィリピン人がびっくりするほどでした。
    ○マバラカット市は、マニラ空港から北方片道90㎞もあり、慰霊碑のある所は、 私も含め、案内のフィリピンの友人3人も全員初めての走行。
    アラヤット山が見え、「もうそろそろかな・・・」と思った矢先、「もう着きましたよ」と女性の声が聴こえました。
    びっくりして、進行車の右窓をのぞくと、コンクリート造りの神社風の鳥居が見えたのです。
    慌てて、車をUターンしてもらい現地に無事に到着。
    案内役の運転手も、苦笑いしながら、なぜわかったのか首をかしげていました。
    ○日本で、検索をかけると最近は門が閉じられているとの情報もあり、地域の身分証明のある知人に案内を頼んでいたのですが、門は、開かれていて、現地は私達だけでした。
    ○最後に3名の協力していただいた3人の方々と記念撮影をしたところ、バックの空が、日本の旭日旗の上部の放射状に見えたことが不思議でした。

    5名の戦士
    フィリピンのレイテ沖海戦が始まり、最初の特攻隊の戦士は5名でした、
    昭和19年10月21日に、最初、出撃されたのですが悪天候の為に標的が発見できず帰還しました。この後、2回、3回出撃され帰還の繰り返しでした。
    そして、10月25日早朝、敵機同部隊発見レイテ沖にて戦死。

    敷島隊長 1 関 行雄 大尉 23歳
         2 谷 暢夫 少尉 20歳
         3 中野 磐雄 少尉 19歳
         4 永峰 肇 飛行兵曹長 19歳 
         5 大黒 繁男 飛行兵曹長 19歳

    命の書の登録
    帰国後、悪天候の為2回、3回と出撃と帰還を繰り返し、何度も死の極限の一点を想い、覚悟を持って散って行かれた5名の方に、敬意をもって、命の書に登録させていただきました。
    命の書に登録するにあたり、不思議だったのは、導くようにフルネーム、生年月日
    YouTubeで検索すると1回でヒットしたのですが、その後、何度か検索したのですが
    見つかりませんでした。
    また、急に愛媛県にある関 行雄大尉のお墓がアップされ、心に響くものがあり、パソコンの前でおもわず手をあわせました。そして、辞世の句も、メッセージのように見つかりました。

    まつり主の一人として また戦後日本に生まれた一人として感じたこと
    この出撃された慰霊碑の前で深く頭を下げ祈っていると、積先生が、すでに光へと整えて下さったのか・・・すでにいやな波動はなく、歴史がただただ平然と過ぎて行くのを感じとりました。
    最後に、私が心に感じた二人の辞世の句を載させていただきます。
    下記の二人の句には、若くしても、永遠の生命(たましい)の尊さを心の奥で知ってい
    たからこそ、
    我々の礎となって出撃してくださったのだと感じ、心より感謝いたしました。

    □ 南溟(なんめい)に たとへこの身が はつるとも いくとせ後の はるをおもえば
    永峰 肇 様 
     
    □ 身はたとひ 機艦もろとも 沈むとも 七たび生まれ 撃ちてしやまん
    谷 暢夫 様 


    ●これまでの活動報告はHP:まつりぬしの活動報告 https://matsurinushi.com/category/report/ にてご覧いただけます。

    Vol22